三岐鉄道巡礼記②

この記事は三岐鉄道巡礼記①の続きです。

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さて、前回の記事では三岐線の西藤原駅に来て、バスで阿下喜(あげき)駅を目指すことにしたわけですが、バスまでに結構時間があります。

とはいえ駅周辺には本当に何もないため、駅前の公園で保存展示されている車両を眺めたり、藤原という名前の友達にLINEしたりして、2時間ほど時間を潰しました。

そして、いよいよいなべ市福祉バス「I BUS」に乗り込みます。よそ者でもタダで乗れるのがありがたいですね。

西藤原駅東口バス停

Wikipediaによれば1日3往復とのことでしたが、なぜか4往復に増えています。

それにしても、バス停の場所がどう見てもただの民家の勝手口前で、ここで待っていていいものか不安に。

とはいえ、バスは神○中なんかよりよっぽど定刻に到着。車両は10人乗りのハイエースで、地元のおばちゃん1名しか乗っていませんでした。

バスは小柄な車体を生かしてグネグネと細い道を通り抜け、阿下喜駅に無事到着。

阿下喜駅前にはよくわからないけど古そうな電車が保存されています。

阿下喜駅前

三岐鉄道さん、本当に車両の保存に熱心な会社で素晴らしいと思います。(何様だ)

さて、阿下喜駅にバスが着くとほどなくして北勢線の電車が到着したため、あまり阿下喜駅前でゆっくり撮影などする時間はありませんでした。

北勢線の電車

北勢線はもともと近鉄の路線で、不採算を理由に2003年に三岐鉄道に押し付けられた譲渡されたという経緯があります。特筆すべきは、ナローゲージという非常に幅の狭い線路を採用した路線だということで、その分車体も小さく最高速度も遅いです。

幅が狭いこと、伝わりますかね?

さらに、途中駅から下校中の高校生が大量に乗り込んできて、ただでさえ狭い車内がたちまち満員になりました。これは誤算でした。

それにしても、彼らが毎日こんな遅くて狭い電車で通学することを強いられているという事を考えると涙が止まりません。

ということで、なんか揺られているうちに西桑名駅に到着。せっかく桑名に来たので、名物・焼き蛤のお土産を購入しました。

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さて、ここで不穏な情報が入ってきました。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211018/k10013312171000.html

なんと、東海道新幹線の豊橋駅で人身事故が発生し、運転を見合わせているといいます。年平均遅延が24秒とか(だったよね?)という定時運行率を誇る東海道新幹線ですが、どうして俺が利用するときに限って止まるんだよ!!!

などと言いつつ、旅にアクシデントはつきものということで何故かテンションが上がってきた自分もいます。とりあえず当初の予定よりは少し早く三岐を切り上げ、名古屋へ向かうことに。

快速「みえ」にちょうどいい時間だったため、帰りは近鉄ではなくJRに乗り込みます。

しかし、そこは悪名高い関西本線。キハ75系気動車のパワフルなエンジンが心地よい高速回転を始めたと思うが早いか、すぐに信号場で速度を落としてしまいます。そして、その横を颯爽と駆け抜けてゆく近鉄電車。

あと、信号場でDF200形とすれ違いましたが、これが名古屋地区にいるのも違和感がすごいですね。

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そんなこんなで名古屋駅に到着。

到着した時には東海道新幹線は運転再開こそしていましたが、情報を聞き出したい人たちや払い戻しを求める人たちなどの大行列で名古屋駅は惨憺たる有様。

写真を一部加工しています

さらに、ここで私の乗る予定だったのぞみ60号が運休になってしまいました。

ということで、先ほどまで他人事のように眺めていた払い戻し列に私も参戦し、列車を変更してもらうことになりました。

のぞみ何号に変えてもらったのか忘れてしまいましたが、結構早めの列車に変えてもらい、まあこれで今日中には家に帰れるだろうな、などと考え、赤福を買いながら呑気に列車の発車時刻を待っていたのでした。

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乗車するのぞみ号は5分遅れで名古屋に到着。この時間になると、ひかりやこだまはともかく、のぞみ号は概ね定時運行に戻っていました。この程度の遅れであれば、余裕で家に帰れます。隣の席に誰もいなかったこともあり、優雅なひと時を過ごしていました。

新横浜までは。

新横浜までも遅れは変わらず5分。少し速度が落ちるところもありましたが、概ね快調に進んでおり、私もすっかり安心してしまいました。

ここで列車走行位置情報の一つでも見て危機を察知し、横浜線に乗り換えていれば、家に帰れたのです。

当時の列車走行位置情報

ここから先は本当に地獄でした。

今までの快走が嘘のように、平行する在来線の各駅ぐらいの間隔で停車。傍らをE231系やE233系がバンバン追い抜いて行きます。それはさながら、快速「みえ」号を追い抜かしていく近鉄電車のように――

このような状態で進んでいたため、品川に到着した時点で、既に終電がなくなってしまいました。嘘だろ……

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そこからさらに時間をかけて、何時だったか忘れてしまいましたが、ようやく東京駅に到着。「列車ホテル」の案内があり、当然利用することになりました。ちなみに、乞食根性で生きているのでもちろんグリーン車に直行。

列車ホテル

こうして、まったく予期せず人生初の列車ホテルを味わうことになりました。

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結局、東京駅が明るすぎてほとんど眠ることができず、始発の中央線で帰宅しました。東京駅ってめちゃくちゃ明るいんですね。

早朝の東京駅
早朝の東京駅

こんなに人のいない東京駅を見るのはコロナ自粛以来です。(身内の不幸の影響でコロナ自粛期間中に新幹線に乗る機会がありました)

ともかく、最初から最後まで盛りだくさんの旅になりました。

そして、この時から1ヶ月も経たないうちに三岐鉄道を再訪することになるのですが、それはまた別の話――

とにかく、10月の三岐鉄道巡礼はこれで終わりです。ありがとうございました。

Kasumi

投稿者: Kasumi

東京都青梅市在住。大学生。

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